戯言いろいろ
キママナマカロニ
昔自分が小学生だった頃は、「20歳」というとお兄さんで、多少やんちゃが過ぎてもまとまりがあって、物知りで、逞しくて、自分の及び知らないいろんなことを考えてるんだろうなあと思っていた。中学生になると中二病が発動して「俺の方が偉い大人はバカ」理論が出来上がって大変痛い人間になるのだけど、あれはあれで一つ正常な中学生のあり方なので置いておく。
小学生の頃に描いた理想像を思い出してみると、「こんなものを俺は・・・」と情けなくなる。
「こんなものを目指していたのか」とも思えるし、「大人にもなってこんな反射的なことしか言えないのか」とも思えるし、それぞれの過去と他人との相違点ばかり見て自分からは何もしようとしない、しかし文句だけは一丁前に言いまくる、情けない人間だ。
こんな大人で良いのかというより、こんな「大人像」を掲示していて大丈夫かと思うんですな。
昔から20代の人ってこんなに馬鹿だったのかな。
及び知らぬ「彼ら」を目指した結果がこれなのだとしたら、なんとも歯がゆい。
やはり目指すべきは人ではなく概念であるべきだなあと思った。変に憧れの人とか作るもんじゃないよホント。
立派な考えを持った人が、必ずしも立派な人であるとは限らないわけで。
不安定で不完全で突き詰めればどこか考えたらずで、人は中学生の頃から10年経ってもたいして変われないものだな。
他人の粗は良く目立つが自分の粗には気付かない。
ならば見える他人の粗こそが自分の粗だ。同世代の弱さは自分の弱さ、もっとマシな大人になろうと思った。
■狙いすましたような釣りタイトルは気持ち悪いよね
と思うことはあるが、しかし釣りタイトルでもなければ釣られないような、もっというとなかなか物事に興味を持ってくれないような、深入りを控える人が多いのもまた事実。
例えば、俺が「【MAD】アイドルマスター○○○」とかいう動画を今ここで紹介したとしよう。
一体何人の人が食いつくと思う?
おそらく多くの人はスルーするだろう。もし私がアイマス大好きコミュとかに属していれば話は別だが、はっきり言って自分の周囲からの反応は冷たいものだ。
まあそういうアイマスの話は置いておいて。
タイトルで何もかも判断して行動範囲を狭めてしまう人、結構いるよなぁ。
人の話を聞かないことなんて損でしか無いというのに、情報過多ゆえだろうか、取捨選択を行わなければ一つ一つの情報が捌けないがゆえだろうか。キャッチーなタイトル、あるいは既知の対象物を扱ったタイトルでもなければ、そうそう食いつきはしないものだ。
「痛いニュース」なんて良い例で、あそこは本当に記事タイトルで釣るのが上手いなぁと思う。
あえて購読者を逆上させるようなタイトルを選んで、さらにスレッド内のレスも厳選。読む側の思考回路を記事内で自由自在にあやつっている。読者など管理者の手の平の上で踊っているだけだ。
見せつけ、食いつかせ、踊らせる、という釣り師の基本が忠実に守られている。
で、話を元に戻すけど。
やっぱりなんだかんだで釣りタイトルも悪くないよねという話。
中身の無い、例えば、どこまでも面白くないエイプリルフールネタだったり、なんか最近流行ってたっぽい嘘バトンだったり、まあそういう「食いつかせた後」に読者を冷ませるような記事には、こちらもどこまでもゲンナリするんで、そういうのに釣りタイトルを使ってほしいとは思わないんだけど。
ただ本当に相手に伝えたい記事とか、見てもらいたいリンクには、誇張表現の領域から出てこない範囲で釣りタイトルを用意すべきだよなと思う。
数百件ほどのブログのRSSフィードを購読するようになって、
「釣り師的才能に恵まれた人」
「純粋に好きな文章を書いているだけの人」
「ただの狼少年」
といった分類が自分の中でされるようになった。
どれもつまらないブログではなく、それぞれ楽しく読ませてもらっているのだけど、やはり釣り師的才能に恵まれた人の文章は、そもそもタイトルから何かオーラが違うし、また多くの人々がそれに食いついている印象。
肯定否定の違いはあれど、彼らの貴重な自由時間を費やすだけの魅力が、記事一つ一つにあるんだろうなと思う。
時間は貴重だ、みんな貴重。
どれだけ暇な奴でも時間は貴重だとぬかす、それが現代人だ。
だから、俺が今好きなゲームやそのプレイ動画を紹介したところで興味が無い人は「興味が無い」という残酷な一言で一蹴するし、興味がある人は「へー」ぐらいの気持ちでざっと見るだろう、しかし見たとして、彼らが椅子もしくは座敷に座りながらじっと同じ動画を、拙い文章を、延々と見てくれるだろうか。
ないよなー。
俺に限らず食いつかせるのが下手糞な人って多くて、ニコニコ動画のアドレスをコメントも無く列挙している人なんて良い例だと思うんだけど(大手ニュースサイトとかは違うのだろうけど)、記事を書く側が勝手に先走ってる感があって、読者な人々をどこか置いてけぼりにしているようにも思えるんですよね。
餌の無い釣り針。
そこで一歩立ち止まって、キャッチーなフレーズでも考えてみたり、食いつきの良さそうな適当なコメントでも考えてみるなりすれば、もう少し、ちゃんと読んでもらえるんじゃないかなーと思う。リンクも見てもらえるんじゃないかなーと思う。
嘘を並べてうそつきになれーとか言ってるんじゃないんですよ。
ただブログを見ていると、「これ、俺も大好きな良い動画なのに、『凄いです!』ってコメントそえてるだけじゃあ誰も食いつかないだろうな・・・」なーんて、なんかこちらが寂しくなるようなニコニコ動画紹介記事とかを見る機会があって。
もったいないなーと思うんですねー。
誰かに見てもらいたいからウェブに文章をアップロードしているのだろうに、上手く紹介できないから、良い釣り餌が用意できないから、それで見てもらえないんだとすると、寂しくて。
「興味無いよー」で済ませる方も済ませる方だとは思いますが、彼らだって貴重な時間を工面して楽しいことにありつきたい生き物だと思うんで、だからねー記事を書く方がここは何か工夫しなきゃいけないんだよなーと、思い至る以外道が無い。
「興味ない」って言葉はその独善的でいやらしい響きがあまり好きになれないんですが、しかしそういう回答を生ませるような記事の方が本当は問題だったんじゃないかなあと。
もちろん個人個人は好きな文章を書けば良いとおもう。
しかし、せっかくウェブ上にあげてるんだから見てもらえる記事を書くべきじゃないか。そう思うのよね。
ページを開いて、まず何から見られるかっつったらやっぱりタイトルからだと思うんで、せっかく面白い記事書いたんなら、タイトルで遠慮しないでどんどん挑発していけば良いと、自分はそう思う。
どんどんタイトルで挑発してしまえば良いと思うよ。
という挑発記事。
にするつもりだったが、二転三転して全然まとまりが無い。
こういう微妙な記事には、釣りタイトルをつけちゃダメよってことね。




2008年07月03日 21:56:58 戯言いろいろ コメント(0) トラックバック(0)